倉本聰さんの「學」をみて思う
内容を書くつもりはありませんが
とても沢山のテーマがあるドラマですし、
それは日本国民に向けられた強いメッセージだと感じます。
タイトルの通り、「学ぶこと」は人間にとって大切なことですが
あくまでも一つのテーマにしか過ぎません。
ドキッとさせられる場面が多々ありますが、
私が一番強く感じたことは
「子孫への責任」 と 「先祖への敬い」
です。
昔の日本には少なからずそれがあったのではないかと。
色々と自分勝手な考えを持つ人間は
いつの時代もいたとは思いますが
少なからず先祖から受け継がれたバトンリレーを全うするという責任を
意識して生きていた人が多かったのではないかと。
今の人間達に大きく欠けている部分だと思います。
この 「意識をする」
ということが自分の生きる支えに繋がりますね。
今の時代、
我が子を放って自分のことばかり考えている馬鹿な親はもっての外として
我が子を自分勝手に溺愛するばかりの親も多いです。
我が子の魂を尊重するのは良いですが
遠慮ばかりで心の状態を把握できていなかったり
転んでもすぐ手を差し伸べたり。
崖から突き落とすことなど到底できない。
命のバトンは先祖から、自分を経由して子孫へと受け継がれていきます。
ご先祖を敬い、神仏を敬い、
我が子に心の教育をすること。
生きていく心の術を子供達に教えていくことは
「自立して生きること」に繋がります。
その土台の上に知恵が育まれるはずです。
世の中、他人のせいにしたり
依存したり、自分勝手な情が絡み合ってる人ばかりです。
だからこそ、ご縁のある人には見て頂きたいドラマなのですね。
とても沢山のテーマがあるドラマですし、
それは日本国民に向けられた強いメッセージだと感じます。
タイトルの通り、「学ぶこと」は人間にとって大切なことですが
あくまでも一つのテーマにしか過ぎません。
ドキッとさせられる場面が多々ありますが、
私が一番強く感じたことは
「子孫への責任」 と 「先祖への敬い」
です。
昔の日本には少なからずそれがあったのではないかと。
色々と自分勝手な考えを持つ人間は
いつの時代もいたとは思いますが
少なからず先祖から受け継がれたバトンリレーを全うするという責任を
意識して生きていた人が多かったのではないかと。
今の人間達に大きく欠けている部分だと思います。
この 「意識をする」
ということが自分の生きる支えに繋がりますね。
今の時代、
我が子を放って自分のことばかり考えている馬鹿な親はもっての外として
我が子を自分勝手に溺愛するばかりの親も多いです。
我が子の魂を尊重するのは良いですが
遠慮ばかりで心の状態を把握できていなかったり
転んでもすぐ手を差し伸べたり。
崖から突き落とすことなど到底できない。
命のバトンは先祖から、自分を経由して子孫へと受け継がれていきます。
ご先祖を敬い、神仏を敬い、
我が子に心の教育をすること。
生きていく心の術を子供達に教えていくことは
「自立して生きること」に繋がります。
その土台の上に知恵が育まれるはずです。
世の中、他人のせいにしたり
依存したり、自分勝手な情が絡み合ってる人ばかりです。
だからこそ、ご縁のある人には見て頂きたいドラマなのですね。
悩まない人間などいないですから。
大人も子供も皆、
人にははけ口が必要です。
このはけ口を持っていないと
人はおかしな方向に進んでしまうもの。
小さな夫婦喧嘩から、大きな犯罪まで
紐を解くとはけ口がなかったから。
というケースは多々あります。
また、悩みのない人間などいないし、
完璧な人間などいません。
人は、悩んで困り果てた時、愚痴も出ましょう。
困った時の神頼みが通るかどうかは
人生に大きな影響を持っています。
だからこその信仰なのです。
信仰とは自由であり、
神仏と、自分のメンタルと一対一。
愚痴もこぼせばいいし、
はけ口にしたらいい。
神仏はしっかり向き合って聞いてくれます。
その上であなたが頑張れる為の手をいれて下さいます。
目に見えるものばかり追うのではなく、
別ルート。
皆さんきちんと別ルートを大切にしてますか?
それが人生のコツでしょうね。
人にははけ口が必要です。
このはけ口を持っていないと
人はおかしな方向に進んでしまうもの。
小さな夫婦喧嘩から、大きな犯罪まで
紐を解くとはけ口がなかったから。
というケースは多々あります。
また、悩みのない人間などいないし、
完璧な人間などいません。
人は、悩んで困り果てた時、愚痴も出ましょう。
困った時の神頼みが通るかどうかは
人生に大きな影響を持っています。
だからこその信仰なのです。
信仰とは自由であり、
神仏と、自分のメンタルと一対一。
愚痴もこぼせばいいし、
はけ口にしたらいい。
神仏はしっかり向き合って聞いてくれます。
その上であなたが頑張れる為の手をいれて下さいます。
目に見えるものばかり追うのではなく、
別ルート。
皆さんきちんと別ルートを大切にしてますか?
それが人生のコツでしょうね。
父親のこと。
私は父親を早くに亡くしましたが
その私の父は、自分の父を最初から知りません。
昔はよくあった話かもしれませんが
いわば私の祖母は2号さんであった訳で
私は祖父の名字も何も知りません。
今の名字は祖母の名字を継いでいます。
そんな父は大切に育てられたことと思います。
父はたまに夢に出てきます。
覚えてない時もありますが
確かに近くにいる感覚を感じる時があります。
自分の奥さんのヒステリックから逃げるように酒を浴び、
肝臓をやられ、若くして脳出血で倒れ半身不随になって
自分自身の身の回りのことを自分の息子にやってもらわないといけなかった父は
とても情けなく、辛く、後悔しながら晩年の毎日を生きていました。
生きていても生きていない。
いつも私に謝っていました。
現実として、とても可哀想な最後の数年だったと思います。
最近よく思います。
最大の不幸とは後悔だと。
この世では後悔のないようにチャレンジできる環境こそが
本当に幸せなことだと。
前向きに思考を回し、進まなければ生きていても生きていない。
世間体とか体裁とか本当にどうでもいいものは置いておいて
チャレンジしてできる限り後悔をなくし
この世を後にしたいものですね。
2012年も明日から4月。
チャレンジの春として迎えたいと思っています。
その私の父は、自分の父を最初から知りません。
昔はよくあった話かもしれませんが
いわば私の祖母は2号さんであった訳で
私は祖父の名字も何も知りません。
今の名字は祖母の名字を継いでいます。
そんな父は大切に育てられたことと思います。
父はたまに夢に出てきます。
覚えてない時もありますが
確かに近くにいる感覚を感じる時があります。
自分の奥さんのヒステリックから逃げるように酒を浴び、
肝臓をやられ、若くして脳出血で倒れ半身不随になって
自分自身の身の回りのことを自分の息子にやってもらわないといけなかった父は
とても情けなく、辛く、後悔しながら晩年の毎日を生きていました。
生きていても生きていない。
いつも私に謝っていました。
現実として、とても可哀想な最後の数年だったと思います。
最近よく思います。
最大の不幸とは後悔だと。
この世では後悔のないようにチャレンジできる環境こそが
本当に幸せなことだと。
前向きに思考を回し、進まなければ生きていても生きていない。
世間体とか体裁とか本当にどうでもいいものは置いておいて
チャレンジしてできる限り後悔をなくし
この世を後にしたいものですね。
2012年も明日から4月。
チャレンジの春として迎えたいと思っています。
母親のこと。
先日六年ぶりに母と会いました。
私の中ではもう過去の人となっていたし
またそうせねばこの数年間、生きてこれなかったし
母を恨む心、強い執着を整理してきたここ数年でした。
だけど
それでも70も過ぎていれば
人間としてほんの少しでもまるくなって欲しいという
淡い期待が心の隅のほうにあったんでしょうね。
結果、見事に打ち砕かれました。
やはり人間は、周りの環境
手を引き上げてくれる神仏や、そういった代わりの人間が
近くにいる環境ではないと
変わることは不可能ですね。
改めて思いましたし、とても残念な結果でした。
未だにイヤなことからは逃げ回り、全く向き合おうとしない母から出た言葉は
「最後の一年間は私に月に50万しか渡さなかったじゃない!」
という恨みの言葉でした。
さすがにカチンときましたし、
親達の多額の借金を払って毎月渡し続ける人間がどこにいるんだと
芸能人じゃあるまいし、そんな人間連れてこいと言いましたが
とにかく母であろうが、狂っている人間とまともに話すこと自体無理なので
母の死後のことを話し
その場を終えました。
死んでから苦労するのは目に見えてますが
今生の最後の余生も少しでもまともに向き合って生きて欲しいという想いを
改めて捨ててきました。
残念でした。
でも久々に会った我が子の成長は
それを上回るほどの喜びを与えてくれましたので。
そんな東京となりましたね。
また行かなければです。
私の中ではもう過去の人となっていたし
またそうせねばこの数年間、生きてこれなかったし
母を恨む心、強い執着を整理してきたここ数年でした。
だけど
それでも70も過ぎていれば
人間としてほんの少しでもまるくなって欲しいという
淡い期待が心の隅のほうにあったんでしょうね。
結果、見事に打ち砕かれました。
やはり人間は、周りの環境
手を引き上げてくれる神仏や、そういった代わりの人間が
近くにいる環境ではないと
変わることは不可能ですね。
改めて思いましたし、とても残念な結果でした。
未だにイヤなことからは逃げ回り、全く向き合おうとしない母から出た言葉は
「最後の一年間は私に月に50万しか渡さなかったじゃない!」
という恨みの言葉でした。
さすがにカチンときましたし、
親達の多額の借金を払って毎月渡し続ける人間がどこにいるんだと
芸能人じゃあるまいし、そんな人間連れてこいと言いましたが
とにかく母であろうが、狂っている人間とまともに話すこと自体無理なので
母の死後のことを話し
その場を終えました。
死んでから苦労するのは目に見えてますが
今生の最後の余生も少しでもまともに向き合って生きて欲しいという想いを
改めて捨ててきました。
残念でした。
でも久々に会った我が子の成長は
それを上回るほどの喜びを与えてくれましたので。
そんな東京となりましたね。
また行かなければです。
不甲斐ないを力に変えること
嫌な流れにはできるだけ年の初めに決着をつけたほうがいいです。
今年は大きな年になる。そんな予感があります。
それは自分自身の心の中のことですが。
昨日は東京の我が子からお祝いの電話をもらいまして
穏やかな心になりました。
どんなものにも代え難い、心に沁み渡っていくような有難い感覚。
この感覚をベースに人生を進みます。
生きていると不甲斐ないの連続であり
その不甲斐ないを力に変えること。
キツイ時やつらい時が多くても
それが魂を磨く、まさに生の証。
人は何のために生きるのか。
人はなぜこの世に生まれてきたのか。
そういったことをこのブログでは綴ってきました。
残念ながら世の中の人に伝わらないことも多いけれど
それは全て伝わる必要もなく
必要な人に必要なだけ伝わってくれたらと想いは今も変わりません。
人間というものには様々な因縁が詰まっています。
それは到底自分の力だけで解決できるものではありません。
しかしながら、目に見えるこの現実の中でどう生きるのか。
それは自分自身の心への決着のつけ方。
日々起こる瞬間、瞬間の感情への切り替えす術。
視野を広く持ち、プラス思考から強くなっていきます。
そういったことをしている人間と
まったく知らない人間とでは
人生に大きな大きな開きができる。
その開きとは、自分で生まれたこの世での修業を
かたや進み
かたや放棄する
という違い。
お金とか、地位とか、名声とか
そういったものは反面の学習道具なのです。
他人にすべてをさらけ出す必要もなく
自分の心にあるものは最終的には自分で決着をつけていきます。
それでも人は弱いから
逃げて逃げて、悪いと思ってもまた逃げて
立ち上がれなくなる場面もあるかもしれないけれど
それは人間だから。
それも生の証です。
不甲斐ないを力に変えること。
そういったことなんでしょう。
今年は大きな年になる。そんな予感があります。
それは自分自身の心の中のことですが。
昨日は東京の我が子からお祝いの電話をもらいまして
穏やかな心になりました。
どんなものにも代え難い、心に沁み渡っていくような有難い感覚。
この感覚をベースに人生を進みます。
生きていると不甲斐ないの連続であり
その不甲斐ないを力に変えること。
キツイ時やつらい時が多くても
それが魂を磨く、まさに生の証。
人は何のために生きるのか。
人はなぜこの世に生まれてきたのか。
そういったことをこのブログでは綴ってきました。
残念ながら世の中の人に伝わらないことも多いけれど
それは全て伝わる必要もなく
必要な人に必要なだけ伝わってくれたらと想いは今も変わりません。
人間というものには様々な因縁が詰まっています。
それは到底自分の力だけで解決できるものではありません。
しかしながら、目に見えるこの現実の中でどう生きるのか。
それは自分自身の心への決着のつけ方。
日々起こる瞬間、瞬間の感情への切り替えす術。
視野を広く持ち、プラス思考から強くなっていきます。
そういったことをしている人間と
まったく知らない人間とでは
人生に大きな大きな開きができる。
その開きとは、自分で生まれたこの世での修業を
かたや進み
かたや放棄する
という違い。
お金とか、地位とか、名声とか
そういったものは反面の学習道具なのです。
他人にすべてをさらけ出す必要もなく
自分の心にあるものは最終的には自分で決着をつけていきます。
それでも人は弱いから
逃げて逃げて、悪いと思ってもまた逃げて
立ち上がれなくなる場面もあるかもしれないけれど
それは人間だから。
それも生の証です。
不甲斐ないを力に変えること。
そういったことなんでしょう。
今年は大変な年になりました。
2011年は一生忘れられない年になりましたね。
身内を亡くしたということだけでなく、
こんなにも辛い思いを目の当たりにした方々がいて
今も必死で生活されていると思うと
自分自身に降ってくる多少の辛いことは
乗り越えなければ罪。
そう頑張らせてくれる出来事でもあります。
そんな中で、震災とは無縁、頭にもよぎらず、自分のことばかり考えている人間も
私の身の回りには存在します。
人間にはほとほと呆れ果てたけれども、
何度も何度もそんな人間を見せられてきた今は
できるだけ人の良い所、日々の良い所を探しています。
そうは言っても、こんなおかしな人間達の多い世の中であれば、
グループのリーダーつまり、会社のリーダーになる人が狂っているケースも多々あり、
社長が狂っていると社員の心や生活に与える影響はよくありません。
私自身、金に狂った社長の時代があり、
多くの社員に迷惑もかけ
今その罪償いをしている道中にもあります。
皆、生活の為、勤めています。
嫌なこと、理不尽なことが日々起きても
歯を食いしばって勤務しています。
頂くお給料の基本給には我慢手当が含まれているものです。
ただし、あまりも常軌を逸し、自分の我慢できる容量を超えた時は、
仕事を変えたら良いと思います。
それか自分で会社をやるか、どちらかですね。
大事なのは何が起こっても
自分の大切な人を守れるだけの
生活に必要な稼ぎを持ってくる「メンタル」なのです。
こんな時代で、生活の保障もいつどうなるかわかりません。
病気になったほうが悪いというような社会保障で
自分の人生は自分で守り、切り開いていくしかありません。
最終的には己との戦いです。
すべてすべて己との戦いなのです。
本当に色々な意味をもつ震災が起きた一年でした。
今年の漢字は「絆」ということでしたが
私は「戒」だと思っています。
大晦日、そして明日から始まる新しい年になっても
今年の震災を忘れないで、自分を戒める材料に、
そして頑張るための励みに
多くの方にして欲しいと願います。
今年も新たにご縁をいただいた皆様、
そしていつも応援してくださっている皆様
心より感謝申し上げます。
今年も一年お疲れ様でございました。
そしてまた来年からも宜しくお願い申し上げます。
身内を亡くしたということだけでなく、
こんなにも辛い思いを目の当たりにした方々がいて
今も必死で生活されていると思うと
自分自身に降ってくる多少の辛いことは
乗り越えなければ罪。
そう頑張らせてくれる出来事でもあります。
そんな中で、震災とは無縁、頭にもよぎらず、自分のことばかり考えている人間も
私の身の回りには存在します。
人間にはほとほと呆れ果てたけれども、
何度も何度もそんな人間を見せられてきた今は
できるだけ人の良い所、日々の良い所を探しています。
そうは言っても、こんなおかしな人間達の多い世の中であれば、
グループのリーダーつまり、会社のリーダーになる人が狂っているケースも多々あり、
社長が狂っていると社員の心や生活に与える影響はよくありません。
私自身、金に狂った社長の時代があり、
多くの社員に迷惑もかけ
今その罪償いをしている道中にもあります。
皆、生活の為、勤めています。
嫌なこと、理不尽なことが日々起きても
歯を食いしばって勤務しています。
頂くお給料の基本給には我慢手当が含まれているものです。
ただし、あまりも常軌を逸し、自分の我慢できる容量を超えた時は、
仕事を変えたら良いと思います。
それか自分で会社をやるか、どちらかですね。
大事なのは何が起こっても
自分の大切な人を守れるだけの
生活に必要な稼ぎを持ってくる「メンタル」なのです。
こんな時代で、生活の保障もいつどうなるかわかりません。
病気になったほうが悪いというような社会保障で
自分の人生は自分で守り、切り開いていくしかありません。
最終的には己との戦いです。
すべてすべて己との戦いなのです。
本当に色々な意味をもつ震災が起きた一年でした。
今年の漢字は「絆」ということでしたが
私は「戒」だと思っています。
大晦日、そして明日から始まる新しい年になっても
今年の震災を忘れないで、自分を戒める材料に、
そして頑張るための励みに
多くの方にして欲しいと願います。
今年も新たにご縁をいただいた皆様、
そしていつも応援してくださっている皆様
心より感謝申し上げます。
今年も一年お疲れ様でございました。
そしてまた来年からも宜しくお願い申し上げます。
頂に通じる入り口
人を視る時の基本は
その方の身につけている 金や、地位や名誉
または家柄とか、親がどこの出だとか、
その類、付録を全て身ぐるみ外してみると
自然と透けてくる。
ということは何度も書いて来ましたけど
昔の私も、そういう付録ばかり見て進んだ時代もありましたし、
逆に自分の付録に人がいっぱい付いてきた時代もありましたし。
経験を積んでしないと難しい部分でもあります。
山の頂を目指す上で
登山入り口が無数にあり
本当の頂上にたどり着ける入り口は実は極僅か。
一つかも知れない。
違う登山口から登ってしまって
途中でここは違うと気付いたら
下山してまた登りなおし。
今度は8合目までこれたけど、それでも頂上には行けず。
ガラス一枚隔てて頂きに通じる道は見えても
また下山して最初から登りなおし。
下山する時は自分の歩んできた足跡を見つめるでしょう。
こんなことを何度も何度も繰り返して
反省し、視野が広くなり
やっと真の登山入り口を見つけられるものなんです。
人は人にしか着いてこず。
人は参考書では語れず。
金の切れ目が縁の切れ目とならぬよう
人間力ありきです。
頂きとは人それぞれによって違いますが
入り口から違ってしまえば
永遠と彷徨うことになりかねない。
下山にも勇気がいりますのでね。
その方の身につけている 金や、地位や名誉
または家柄とか、親がどこの出だとか、
その類、付録を全て身ぐるみ外してみると
自然と透けてくる。
ということは何度も書いて来ましたけど
昔の私も、そういう付録ばかり見て進んだ時代もありましたし、
逆に自分の付録に人がいっぱい付いてきた時代もありましたし。
経験を積んでしないと難しい部分でもあります。
山の頂を目指す上で
登山入り口が無数にあり
本当の頂上にたどり着ける入り口は実は極僅か。
一つかも知れない。
違う登山口から登ってしまって
途中でここは違うと気付いたら
下山してまた登りなおし。
今度は8合目までこれたけど、それでも頂上には行けず。
ガラス一枚隔てて頂きに通じる道は見えても
また下山して最初から登りなおし。
下山する時は自分の歩んできた足跡を見つめるでしょう。
こんなことを何度も何度も繰り返して
反省し、視野が広くなり
やっと真の登山入り口を見つけられるものなんです。
人は人にしか着いてこず。
人は参考書では語れず。
金の切れ目が縁の切れ目とならぬよう
人間力ありきです。
頂きとは人それぞれによって違いますが
入り口から違ってしまえば
永遠と彷徨うことになりかねない。
下山にも勇気がいりますのでね。
飛躍の過程
もう11月ですね。
2011年も残り二ヶ月を切りました。
皆様は飛躍の年になったでしょうか。
一言で飛躍と言いましても色々ありますが
やはり心のあり方が飛躍したかではないでしょうか。
同じ物事一つ捉えても
去年までならこう考えていたけど
今年はこんな視野からこう考えるようになったとか
自分自身の弱い思考や癖に気づき、
強化するように努力を重ねているとか
出来事があり、気づきがあり、努力があり、
飛躍となりますね。
そういう過程をすっとばしての飛躍は
偽物です。
何も変わっていないならこの先も何も変わらない。
世の中は引き換えであり、何かを代償として何かを手に入れる。
努力は裏切らない。
ということです。
いつまでたっても同じ考え方でね、同じ行動で、同じ視野でいるとね
魂は泣いてますよ。
もう一人の自分が気づいているんだから
ジレンマで、イライラも募るわけです。
沢山の経験を持っている人の話をよく聞いて
行動を変えて行かなければ
景色は何も変わりません。
視野とは心とはどこまでも広がるものなんです。
ということはどこまでも謙虚であるのが当然で、
他者への感謝の積み重ねが
己のエネルギー、そして飛躍となります。
今年も残り少ないですが
気持ち良く終える為にも
後悔ないように頑張って行きましょう。
私達は恵まれているんですから。
2011年も残り二ヶ月を切りました。
皆様は飛躍の年になったでしょうか。
一言で飛躍と言いましても色々ありますが
やはり心のあり方が飛躍したかではないでしょうか。
同じ物事一つ捉えても
去年までならこう考えていたけど
今年はこんな視野からこう考えるようになったとか
自分自身の弱い思考や癖に気づき、
強化するように努力を重ねているとか
出来事があり、気づきがあり、努力があり、
飛躍となりますね。
そういう過程をすっとばしての飛躍は
偽物です。
何も変わっていないならこの先も何も変わらない。
世の中は引き換えであり、何かを代償として何かを手に入れる。
努力は裏切らない。
ということです。
いつまでたっても同じ考え方でね、同じ行動で、同じ視野でいるとね
魂は泣いてますよ。
もう一人の自分が気づいているんだから
ジレンマで、イライラも募るわけです。
沢山の経験を持っている人の話をよく聞いて
行動を変えて行かなければ
景色は何も変わりません。
視野とは心とはどこまでも広がるものなんです。
ということはどこまでも謙虚であるのが当然で、
他者への感謝の積み重ねが
己のエネルギー、そして飛躍となります。
今年も残り少ないですが
気持ち良く終える為にも
後悔ないように頑張って行きましょう。
私達は恵まれているんですから。
揺るがない信念を
昨日無事にご先祖の供養をして頂きまして
ほっとしました。
本当はもっと回数を重ねないといかんなぁと
反省します。
特に今回は、津波に飲まれ亡くなった方がいて
この世に残した想いの量は計り知れないものでした。
一人でも大変なのに
今回の惨劇を考えると
それはそれはなんと表現してよいのか・・・
言葉が見つかりません。
ご先祖様とお話させて頂く機会は
とても有難く、改めて頑張って行かなければと
いつも思い知らされます。
普段、生活の中で、あなたの事を理解し
励ましてくれる存在とは
勿論、お金では買う事のできない貴重な存在であり
身近を見渡し、改めて感謝を持って欲しいと思います。
私自身、まだまだ社会の中では流されてしまう部分が多く、
まだまだ未熟も未熟であり、
とにかく言葉でなく行動と
肝に銘じています。
いい加減に過去の感情と決別しなければ
立ち位置は何も変わらない。
揺るがない信念
周りに流されない信念
もう一度確立する為に
自分の心がどこにあるのか
自分の視野がどこにあるのか
しっかりと向き合って修正を重ね、
進んでいきたいと思います。
ほっとしました。
本当はもっと回数を重ねないといかんなぁと
反省します。
特に今回は、津波に飲まれ亡くなった方がいて
この世に残した想いの量は計り知れないものでした。
一人でも大変なのに
今回の惨劇を考えると
それはそれはなんと表現してよいのか・・・
言葉が見つかりません。
ご先祖様とお話させて頂く機会は
とても有難く、改めて頑張って行かなければと
いつも思い知らされます。
普段、生活の中で、あなたの事を理解し
励ましてくれる存在とは
勿論、お金では買う事のできない貴重な存在であり
身近を見渡し、改めて感謝を持って欲しいと思います。
私自身、まだまだ社会の中では流されてしまう部分が多く、
まだまだ未熟も未熟であり、
とにかく言葉でなく行動と
肝に銘じています。
いい加減に過去の感情と決別しなければ
立ち位置は何も変わらない。
揺るがない信念
周りに流されない信念
もう一度確立する為に
自分の心がどこにあるのか
自分の視野がどこにあるのか
しっかりと向き合って修正を重ね、
進んでいきたいと思います。
心は柔軟に。
物の考え方
メンタルが
全ての基本であり
それによって
見える景色も何もかも全て違う。
何もかも全て。
ということはそれぞれにかけているメガネの種類が違うのです。
あなたはどんなメガネをかけていますか?
同じ時を同じ場所で過ごしていても
見えている景色が全く違うって
すごいことです。
一から十まで考え方が違うのですから。
全ては思考から始まるのです。
子供の思考の入り口を作る環境は
親が作ります。
親の責任は重いです。
「まぁいいんじゃない」
っていうことですら
折れてしまう心はがちがちの心。
今の時代、簡単に引きこもりにもなる。
そのくせ
「そこはもっと相手の立場にたって考えよう」
っていうことは
「まぁいっか」
で浅~く通過する。
ちぐはぐな人、多いこと。
心は柔軟に。
その柔軟さを養うには経験でしかありません。
心は転がって角を取る。
柔軟で跳ね返るような柔らかさが大切。
強い心とはそういうことです。
ガラスのようにパリンと音を立てて割れてしまう心を
弱い心といいますね。
性格が優しかったり素直だったとしても
心ががちがちですぐ折れて
ポッキーみたいにぽきぽきしてたら
それは恐ろしいのです。
信仰というメガネをかけていると
色んなものが見えてくるんですよ。
これは霊視でもなんでもなく
心を磨いて磨いて
到達できる場所です。
メンタルが
全ての基本であり
それによって
見える景色も何もかも全て違う。
何もかも全て。
ということはそれぞれにかけているメガネの種類が違うのです。
あなたはどんなメガネをかけていますか?
同じ時を同じ場所で過ごしていても
見えている景色が全く違うって
すごいことです。
一から十まで考え方が違うのですから。
全ては思考から始まるのです。
子供の思考の入り口を作る環境は
親が作ります。
親の責任は重いです。
「まぁいいんじゃない」
っていうことですら
折れてしまう心はがちがちの心。
今の時代、簡単に引きこもりにもなる。
そのくせ
「そこはもっと相手の立場にたって考えよう」
っていうことは
「まぁいっか」
で浅~く通過する。
ちぐはぐな人、多いこと。
心は柔軟に。
その柔軟さを養うには経験でしかありません。
心は転がって角を取る。
柔軟で跳ね返るような柔らかさが大切。
強い心とはそういうことです。
ガラスのようにパリンと音を立てて割れてしまう心を
弱い心といいますね。
性格が優しかったり素直だったとしても
心ががちがちですぐ折れて
ポッキーみたいにぽきぽきしてたら
それは恐ろしいのです。
信仰というメガネをかけていると
色んなものが見えてくるんですよ。
これは霊視でもなんでもなく
心を磨いて磨いて
到達できる場所です。
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紙一重を超え神人へ ~心の教育の在り方~
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